HAPPY GROOM



「お兄ちゃん、なんか顔、青いんだけど」
「……やばいことになったようです」
「な、何がよ?」
「―――ちょっと職場行ってくる!! すぐ戻る!!」

血相を変えた俺を、家族は無言で見送ってくれた。
「またやらかしたのか」の、無言だったけど、それはまあいい。

タクシーを職場までカッ飛ばし、なかなか到着しないエレベーターにしびれをきらして、
20階以上を駆け上がった階段の先。
オフィスの明かりは、点いていた。

「……うわぁ……」

いる。
まだ帰ってない。
仕事が詰まってるって言ってたもんな。
でも、できることがないか聞いても決まって、邪魔だと追い返されるんだよ。
俺含め、他の社員も。
どうしたもんかと思っていた。

「つっても、一人でできちまうからなぁ、あの人」

ちなみにこの言葉、同僚の皆が牧さんに対して言っている。
あの人が一人いれば、俺達は全員必要ないと。

そんな風に多忙だから、俺も、今日が誕生日なんだと言いそびれていた。
言ったからってどうなるわけでもなさそうだが、……一応、ほらあれだ、
モニャモニャな関係なわけだし、ほら、な。

「はあ……」

重い感情を含んだ溜息を吐く。
体を縮めて、ゆっくりとドアを潜った。
だだっ広い事務所にただ一人……牧さんが、いつもの場所に座っていた。

「よう」
「……おはようございます」
「気合入ってんな。12時間ほど早出じゃねえか」
「あのですね、思い出したことがありましてですね」
「資料なら訂正済みだし、仕入れはキャンセルした」
「……」
「惚れ直したか」

激しく頷きそうになった。

「……お手数おかけして申し訳ありませんでした」
「なら帰れ。邪魔だ」

牧さんが面倒臭そうにマウスをクリックしながら、言い放つ。
とりつくシマもないって感じの喋り方は、会社にいる時の牧さんの口調。
俺は何も言い返せずに、外へ出ようとしたけれど、最後に少しだけ振り返る。

「……」

牧さんは、最後まで俺に視線をくれないつもりらしい。
俺は、堅苦しく頭を下げる。

「俺に、手伝えることはありませんか」

クリック。

「ねえよ」

クリック。
クリック。

「牧さん!!」
「あ?」

とうとう俺は走り出し、牧さんのイスの背凭れを掴んで、自分の方に向けて回す。
俺のこういう行動には慣れてるんだろう牧さんは、平素の顔のままだ。

「何で全部一人でやるんスか!!」
「早えからに決まってんだろ」
「うぐっ……」
「反論がねえなら戻せ。まだ途中だ」

脱力して、言われたとおりにしようとした時。
パソコンの画面が見えた。


ソリティアだった。


「……なんスか、それ」
「見てわかんだろ」
「……なんで残ってそれやってるんですか」
「そんな日もある」
「……仕事、忙しいんでしょう」
「別に」
「し、仕事が沢山あるって」
「ポーズだ」
「……なんで」
「大した理由じゃねえよ。その方が楽だからだ」
「どうことスか牧さん……」
「いちいち仕事終わっただの、終わってねえだの、話すのが面倒臭え」

……とりつくシマもない。
俺は黙って、牧さんの椅子を元に戻す。
しぶしぶ踵を返して、家に帰ろうと思ったその時。

「で、誕生日だったな。お前の」


牧さんが今日、初めて、俺を見た。


俺は小さく頷いた。
ソリティアのクリア音が聞こえる。トランプの絵柄が画面で舞う。
覚えててくれたのかなあとなんとなく思って、口を開きかけると、
牧さんは机から何かを取り出し、俺に放った。

「おわっ。……なんスかこれ」
「見てわかんねえのか」
「……ルービックキューブですよね」
「もう少し利口な男になれよ」
「……ルービックキューブで?」
「ルービックキューブで」

牧さんがパソコンの電源を落とし、立ち上がる。
首をひねる俺の前を通り過ぎて、さっさと帰ろうとしていたから、
急いで事務所の消灯をして、慌てて牧さんを追いかけた。



後日、ようやく全面揃えたルービックキューブを見て、俺は思わずニヤリとした。
白の面に、サインペンのきったねえ字で、「祝」の文字が書き殴られていた。




END.






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