UNTITLED




斎木仁を追って、外国と日本を行ったり来たりする生活は、もうそろそろ一年になる。
奴が久々に自宅へ戻るという情報を手に入れたので、俺も東京に戻って来た。

しかし、斎木邸の警備は前回よりも強化されていた。
俺が下調べをしておいた場所とは全く違う位置に、黒服が配置されていた。
そして、今回も目的を果たす事は出来なかった。
仇を目の前にして、またも取り逃がした。
斎木旬が死んでからというもの、奴はますます慎重になっていったようだった。

あれから。
斎木グループを離れてから、俺は一歩も前に進めてはいなかった。

しかし、復讐はやり遂げねばならない。
もう、自分にはそれしか残されていないということもわかっていた。

「……」

泊まっていた部屋に戻って来ると、入り口のドアノブがカクカクしていた。
まるで誰かが無理矢理こじ開けたような。
この現象は、朝出て行く時には起こってなかった筈だ。

厳重に鍵をかけて、上着を脱ぐ。
探したって無駄だ。
俺はもう、何も持っていない。
部屋の中を見回すが、変わったところはない。
盗撮器や盗聴器の類もないことが分かる。

気のせいだ。
誰もこの部屋には入っていない。
誰かの痕跡は見当たらない。

……俺もますます慎重になっているようだ。

適当なホテルを見繕った筈だったが、予想よりも老建築化が酷いんだろう。
ドアも壁も簡単にブチ抜けそうだなとは思っていたが、ドアの鍵すら脆いとなると、
やはりこれでは黒服に嗅ぎつかれた時に厄介だ。
そうならないよう細心の注意を払っているとは言えど、用心するに越したことはない。
もう二泊する予定だったが、念を入れて明日の朝にチェックアウトしよう。

窓の施錠の確認をしてから、風呂に入った。
刀の手入れをして、その後腕立てと腹筋。
それからインスタントのメシを食う。
いつも通りのスケジュールだった。
何の進歩もないのも、部屋に一人なのも、メシが味気ないのもいつも通りだった。

「……」

カーテンと窓を少し開けて外を眺める。
火照った体に冷気が心地良く、目を細める。
風が吹いてもうざったくない。
短くなった髪も、ファーのない上着も。

目を閉じて、思い出しそうになったクソガキの記憶を片隅に追い遣る。
もう思い出す必要はない。
終わったことだ。
あいつとのことは。
罪悪感も同情も、忌々しさも、ほんの少し居心地が良かったのも、もう忘れるべき記憶だ。


ビルの間から空の根元が白み始めているのが見えた。
そして、その根元は燃えるような赤色だった。

―――朝焼けだった。

『それ……復讐だろ……』

あいつが俺の前に立ち、泣いた時の空だ。
俺が、紺野を刺した時の空だった。

「……」

旬との記憶は、忘れたことにして思い出さぬように努めることができる。
今までもこれからもそうし続けることは難しくない。

だが、あいつについての記憶は、それとは同じ様に処理できなかった。

『俺に、不毛だって言ったやつだろ……』
『なのに……なんでお前はやろうとしてんだよ……』

何度も試みた。
斎木グループを出てから一年、今まで何度も忘れようとした。
だが、うまくいかなかった。

それだけ追いやっても、その記憶は戻って来ては俺を苛む。
そして今もこうやって思い出している。

記憶の中のあいつは、いつも顔を歪めている。

『なんで、何も言わねえの……?』

あいつに言うべき言葉を、俺は持ち合わせていなかった。

―――この景色の、小さな家のどこかに、あいつはまだ住んでいるんだろうか。

まだ、あの小さな運送会社で働いているんだろうか。

どこかに引っ越したのなら、ここから見える位置にいるだろうか。

家族の影を抱えて、一人でどこかで生きているんだろうか。

それとも、結婚をして子供でも設けているだろうか。

幸せになれただろうか。

『なんで、家族を殺す必要があったんだよ!!』

全て自分のためだ。紺野鉄平。

目を閉じる。
溢れ出そうとする感情を押し込める。

それらを塞き止めているものは小さく、ほんの小さな綻びから呆気なく瓦解する。
今の綻びは、斎木仁暗殺が困難を極めていることへの弱音だ。
いつかの場合のそれは、取るに足らない男が放った質問に答えることであったりした。

はい、か、いいえか。
どちらか一言、たった一言を望まれていただけだったのに、与えてやらなかった。

与えてやれなかった。
俺は何も、持っていなかった。
ただ一言の言葉ですらも。

「……」


目線を落とすと壁際にブックスタンドを見つけた。
新聞がバックログ含め、何冊か置いてある。

桟に腰掛けて、煙草に火をつけながら新聞を取る。
いつも読んでいる新聞ではなかったが、書いてあることはどこでも大体一緒だ。
記事からふと上部に目を逸らすと、日付は1月22日だった。

……俺の誕生日だった。

誕生日だからどうということも無い。
また一つ年を取っただけだ。
寿命がまた縮んだだけのことだ。


昔、両親が生きていた頃に祝ってもらった事があった。
幼い時のことだから断片的にしか覚えてないが、あの頃は確かに幸せだった。
真っ白なケーキ、色とりどりの果物。
甘いものは嫌いだといっても、毎年きちんと準備されていた。

米倉のババアも、俺が家で出てからも、毎年誕生日に荷物を送りつけてきた。
中には確か、日用品ばかりが入っていた。
誕生日以外でも荷物きていたが、誕生日の時は特に豪勢な内容だった。
祝いだという紙を添えて。

今年も例年通りに送っているのなら、返送されてるだろうな。

「……」

空を見上げると、朝焼けの色彩が豊かになっていた。


紺野鉄平。

あいつは、まだ俺を呪っているんだろうか。

俺を追っているだろうか。
俺のように、復讐を誓うことで身を立てているだろうか。

俺が辿った道と、同じ道を歩もうとしているんだろうか。

もしそうなら、あの時やれなかった言葉を。
今ならやれるんだろうか。

俺のやったことは、正しかっただろうか。
一度殺して、あいつを幸せにしてやることが出来ただろうか。
それは、ただの逃げだっただろうか。
あいつの本当に幸せは、何だっただろうか。

俺のエゴの下敷きにされて、全てを失った、紺野鉄平。

俺は本当なら、お前に殺されるべきだ。


新聞に目を落とすと、小さな広告が目に入った。
クロイヌ運送の店舗が拡大するという広告だった。

新聞を破いて、細かく千切って、ゴミ箱に捨てる。


……もうやめよう。
これ以上は考えるな。
忘れることは無理でも、考えないようには出来る筈だ。


俺はまだ、自分の目的を果たしていない。
奪われた命にそぐうだけのことは、まだ何もしていない。
親の仇。親父。お袋。二人の無念。

そうだ。考えるだけ無駄なことだ。
俺は前に進むしかない。
何度も繰り返した葛藤の筈なのに、いつもケリはつかないままだ。

部屋を出る準備のために、腰を上げる。

紺野鉄平と俺を繋ぐものは、もう何もない。

米倉のババアとすら、連絡手段を断ったんだ。

俺を知るもの全てと、俺が知るもの全てとの関わりを。
全てを捨てたんだ。

俺は、斎木仁を殺す為に生きている。
それだけの為に生きている。
他のものは必要ない。

忘れられない記憶は、俺の業だ。
だからやはり、俺は苦しめ。

殺した人間の思いの分、苦しみ抜いて死ぬことが俺の定めだ。





END.






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