OCEAN BLACK



12月24日(日)

久し振りに遊ぼうという話になって、さっきまで紺野と都心に行っていた。
そして、12月25日、明日は俺の誕生日。

あんなことがあって―――俺と、紺野の溝を深める事件があってから、明日は始めての俺の誕生日だ。
だから、紺野が学生の頃からそうしてくれてたように今年も祝ってくれるのか、
会って遊んでくれるのかが不安で気が気じゃなかった。
だから、俺の心情的な予行演習のつもりで、24日の今日、一緒に遊ぼうと紺野を誘った。
電話越しの紺野は、快くいいよと言ってくれた。
そして紺野の部屋に行ったけど、別に初めて入ったわけでもないのに、 ずっと紺野の事が気になって仕方がなかった。
俺はきっとずっと、挙動不審で落ち着きがなかったと思う。
そして、出先で二人して泣きながらケンカした。殴り合いにはならなかったけど。

それで、気持ちが少しだけ楽になった。

時計を見る。
20時半。

明日、紺野と海に行く。
高校の時にケンカした後よく海に行ってたから。
そして、海を見た後は不思議と仲直りできたから。
なんで海だったのかは覚えてないけど、多分思う存分暴れられるし、
波を見てるだけで気分爽快だから、とかそんな単純な動機だっだと思う。

『これから海に行きたいんだけど』
昨日、その一言を言うのにどれ程緊張したか。
もっと早く言えば良かったんだけど……ずっと言えなかった。
一年越しの、一大決心だった。

なんでずっと言えなかったのか。
今の俺が、紺野に歩み寄っていいのかどうか、ずっと悩んでたからだ。
海を見ただけで、真の意味で仲直りできると信じ込んでるわけじゃない。

俺と紺野は、もう高校時代には戻れない。

だけど。
それでも、俺は、幸せでいたい。
例えそれが束の間のことでも。



12月25日(月)

待ち合わせは、海に近い電車の駅の改札を出たところ。
現地集合だった。

「お疲れ」

鼻を赤くして現れた紺野は、両手にビニール袋を持っていた。

「紺野こそお疲れ。仕事終わった後なのに悪いな、付き合わして」
「いいんだよ。誕生日だろ、お前」

俺は、笑った。
心からの笑みだった。
上っ面の笑いをやめろと昨日改めて紺野に言われたし、それが昨日のケンカの切欠だったけど、
今は自信を持って心からの笑顔だと言える。

紺野も、そんな俺を見て満足そうに口元を上げた。

「そいじゃ行こうぜ」
「おう」

反転して駅を出て行く背中を追った。



この辺りは工業地帯だし、海辺だといっても25日だしで、人気は殆どない。
海に着くまでの道のりも、砂浜から見える陸も、高校の頃に見ていた景色とは少し変わっていた。

潮風が冷たかった。
海が近付くにつれて寒さが強くなってきた。
紺野はフードを深く被ってゆっくりと歩み、俺を導いている。
俺は、マフラーを鼻まで引き上げ体を縮こませて紺野の通った道を踏む。
会話も無く、一定の距離を保ったまま。

この道を、高校生の俺達も通った。
今とは、全く違ったことを考えながら。
全く違った気持ちで、駆け抜けた。

今は、押し戻そうとする北風に耐えながら、一歩ずつ進んでいる。

砂浜は黒く湿っていた。

冬の夜は早く、海も空も真っ黒だった。
遠くにポツポツと、灯りが見える。
星は―――見えなかった。

「昨日の夜中に雨でも降ったんかな。海が真っ黒い」
「……そうかもな! さっみい」

俺の言葉に、紺野が元気良く答えた。
何かを蹴散らすような、大声だった。

「ほら見てあそこに一番星よ!」

だから俺も大声で叫んだ。
紺野が声を上げて笑った。

「ねえよ、星なんて! 雲はねえけど真っ黒だよ! 目腐ってんよ!」
「あたかも黒曜石のような」
「いやにポエミィだな」

水平線を見た。
紺野も、俺と同じところを見ているようだった。

「ここずっと行くとアメリカ?」
「どうだろ。ここ海つっても何だかんだ、湖だしなあ」

そっか、と紺野は呟いて、真っ直ぐな眼差しで海を見詰めた。

「昔も、よくこうやって海に来たな」

俺は、笑って頷いた。

「ケンカしてさ、凄ぇ殴りあったりして、手痛くて」

持ってきた紙袋を開きながら、紺野の手にぶら下がってるビニール袋を引っ張る。
意図を察して、紺野も砂浜に屈んだ。

「電車ん中で、ジロジロ見られて。俺もお前も、顔パンパンで」
「ジュース買って、顔冷やして」
「そうそう。ちょっと飲んでたの忘れて、冷やそって中身引っくり返して」
「顔ジュース塗れんなって。すっげえ笑って」

顔を上げたら、紺野も俺を見てた。
俺も紺野も、笑顔だった。
大きな波がやってきて、飛沫が顔にパラパラと当たった。

開いた紙袋の中には、ホールのケーキが入ってる。
これは俺が持ってきた。

紺野が持ってきたビニール袋には、シャンパンが二本入ってた。

ケーキに蝋燭を適当にぶっ刺すと、センスねえなあと笑われた。
チャッカマンで火を点ける。
風が強くて全然点かない。
紺野は、膝を両手で押さえて様子を見守っている。
手がかじかんできた。
擦り合わせて、また火を点ける。

「お」

その時風が止んだ。
紺野がすかさず、両手でその火を囲んだ。
俺達の周囲が橙色に染まった。

「……誕生日、おめでとうございます」

くすぐったそうに、紺野が目尻を下げた。

「……」

幸せだった。
俺は昨日に続き、また泣きそうだった。

だから紺野の傍に置いてあるビニールからシャンパンを、海に向かって開けた。
ポン、と小気味良い音が波の音に混ざった。

「ありがとう!! ありがとう!! 裕樹のためにありがとう!!」

紺野も負けじとシャンパンを海に向かって開ける。
高い音が立ったから、きっとコルクは俺のよりも遠くに飛んだだろう。

「……がはは! そうれ食らえ!」
「ちょわっ……冷た冷たい冷てえええ!」
「おらああああああ、あっ、ケーキケーキ!!」
「ぬっ、濡れる! 濡れる!」
「大衡あああああああ」
「俺のせいじゃねえよ!?」

白く泡立つシャンパンを互いに向け合っていたらケーキにかかりそうになった。
慌てて別の方向に向けたら顔にかかったり、ケーキにかかったりして、てんやわんや。
砂浜に置いたケーキの近くで暴れてたことに気付いて、避けようとしたらこけるし、
その時に足に引っ掛けた砂が舞い上がったりして、やっぱりてんやわんやだった。

「ケーキ切ろうぜ。あっ包丁がねえ」
「……これ砂塗れなんだけど」
「塗れじゃねえよ。まだ全然食えるだろ。俺が買ってきたんだぞ。食えよ、もったいない」
「お前、俺の買って来たシャンパン、半分近く海にシャーってやったのに……」
「半分もやってねえよ。それに今おいしく飲んでるしな。ああ美味い」

ケーキを手掴みで切り分ける。
その内の一つを紺野が取って、もさもさと食った。
俺も手掴みで食った。砂を噛んだ。ジャリジャリした。

「これマジですげえ砂……」
「ジャリジャリとしたテイスティ……」
「まさに青春の面影」
「面影」

そうさ。青春はいつもジャリジャリしているものさ。




「はー」

紺野が、砂浜に寝転がった。
波は足元からまだ遠いけど、地面は湿ってるしきっと冷たい。
だけど、紺野がやけに気持ち良さそうな顔をしてるので俺も寝転がってみた。
気持ち良かった。

「なあ、大衡」
「うん?」
「誕生日に、海来たのって初めてだよな」
「あーそうだな。今までって、どっちかの家に泊まったり集まったりで……。
 つかそれ以前にお前、イブは家族と過ごすんです〜ってつれないお人だったよ昔っから」
「うん当然。そうだよな。だからなんか、新鮮だよな」
「うん。そだな」

星は見えなかった。
だけど、飛行機の灯りが空を滑って行くのが見えた。
一等星の流れ星のようだった。

「なあ、紺野」
「うん?」
「俺さ、」

起き上がる。
紺野は、両腕を自分の枕にしながら不思議そうに俺を見上げていた。

「今、凄ぇ嬉しいよ。お前と一緒に居れんの」

紺野は少しだけ黙った。
だけどすぐに笑って、勢い良く起き上がって俺の両頬を摘んで、左右に引っ張った。

「ふえ……べえええ」
「はは、面白ぇ顔」

そして手を離して、俺の鼻の頭を突っついて何度か頷いた。

「俺も嬉しいよ」

昨日は久し振りに泣いて、今日は久し振りに大声で笑った。

そして、幸せだった。

今まで生きてきて、一番幸せだった。

例えそれが、見なくてはいけない現実から目を背け続けている結果だとしても。
自分のやったことから逃げ続けているからだったとしても。
でも。
いつか、もっと勇気を出そう。
全てを償って、全てをやり直せるようになりたい。
やり方はまだわからないけど、いつかそうなれたら。

そのときもやっぱり隣に紺野がいて、俺を笑わせてくれると、勝手に思ってるんだ。





END.






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