HAPPY CHILD



吉本が笑った。
俺も笑った。

「うまみ棒をやろうとも思った。
 だが、紺野はこっちの方が喜ぶと思うたのじゃ」

「ア゛ー」

カラスの鳴き声が聞こえてきたので、
上着を引き寄せて、そっと開くと、吉本もそれを隣から覗き込む。

すかさずカラスが首を出してもがくので、吉本が押さえた。
新田が近寄って来て、吉本の手元を見下ろして、
ほおとか感嘆の声をあげる。

「凄えな、カラスって捕まえんの大変なんだろ」

あ……そういえば。
カラスって、頭いいから、
人間の手じゃ、簡単に捕まえられないと聞いたことがある。

「いや、そんなに苦労はせんかったが」

「だよな」

その声は、新田と俺とでハモった。



俺は以前、吉本の誕生日に家の鍵を渡した。
それしか、その時に渡すものがなかったからだ。
本当は、もっとちゃんとしたものをあげたかった。
でも吉本は、十分すぎるほど、喜んでくれた。

俺の心がこんなにも温かいのは、
自分の誕生日すらどこか他人事だった吉本が、
こうやって、俺の誕生日を覚えていてくれていたことだ。
しかもプレゼントまで持ってきてくれた。

「俺の誕生日、覚えてたのか」

信じられない思いで呟くと、吉本が、真剣な眼差しで頷いた。

「俺はお前に祝われて嬉しかった。だから、俺も祝おうと思った。
 お前が嬉しいのは、俺も嬉しい故に」

吉本。

本当に、そんなふうに、感じられるようになってきたんだな。

ただの暴漢だった吉本や、
言葉の通じない宇宙人だった時の、吉本のことを思い出す。

退院できるのは、本当にもうすぐそこなのかもしれないし、
―――まだまだ先なのかもしれない。

視界が滲みそうになって、ぐっと歯を食い縛る。
気持ちを切り替えるために、無理矢理手元を見下ろす。

上着に包まれたカラスが、中でゴソゴソと動いている。


「ケロケロ」

「それ、とってきたのか」

「うぬ」

「ガオオオオオオオ」

「それも、とってきたのか?」

「うぬ」

「キュ〜ンキュ〜ン」

「それも?」

「おう」

「そっか……吉本、ありがとう。凄ぇ、嬉しい」

吉本が笑った。

「うむ」

俺も笑った。


そこで、部屋に入っていきなりの会話だったことを思い出して、
テーブルにつこうと、吉本の手を引っ張る。

とりあえず吉本とカラスとアマガエルを連れたまま、どこに座ろうか悩んでいたら、
矢ヶ崎さんがすっ飛んできて、もの凄い顔で、出口を指差した。

「一回ふたりとも手ぇ洗って来い。九条、その上着預かったれ」

「言われるまでもないよ。さ、ふたりとも、こっちだよ。
 うん……あ、紺野くん、その上着をちょっとこっちに」

「捨てるんか」

「え!?」

言われるままに手渡そうとしたが、手を引っ込める。

その場の空気が一気に凍った。

全員の視線が矢ヶ崎さんに向いている。

「そこまで鬼畜ちゃうわ!もうええ、隣に服屋入ってんねん。
 そのまんま出て、ついでに服買って来い!」

「良かったなあ、お前ら」

矢ヶ崎さんから何枚か預かったらしい紙幣を
新田からとりあえず受け取って、背中をバンと叩かれて部屋を出た。

上着は、便所に入る前に、ついて来てくれた九条さんに手渡した。



吉本は、この後また施設に戻らなければいけない。
リミットは、あと数時間しかない。

その限られた時間の中で何ができるか、真剣に考えていた。
吉本と並んで、言われた通りに手を洗いながら、預かった万札のことも考える。

このお札、どうしよう。
簡単に使える額ではない。

でも折角貰ったんだし、使わなきゃ失礼だろうか。

「紺野、俺はおぬしにあげるものを間違えただろうか」

「お前から貰うものは、なんだって嬉しいよ」

即答する。
吉本は、俺の目をじっと見ている。

「その金で何を買うんや」

「……うーん、まあ、言われた通り服買うのがいいかな。
 安いの買わせてもらって、お釣りは返そう」

中身は今頃ちゃんと、どこかに隔離されてるだろう。
あの上着はもう、問答無用で捨てられてると思う。

「………」

驚いた。
吉本がむくれている。

「なら俺がお前に買ってやる」

気付くと、吉本が俺に抱きついている姿が、でかい鏡に映っていた。

「何がいい紺野。何を買ったらお前は喜ぶ。
 喜んでくれ、紺野。俺はよくわからない。
 俺は、お前になにをあげたらいいのかわからない。
 鍵か? やっぱりうまみ棒だったか?」



吉本も俺も、いつも相手を喜ばそうと必死だ。

バカの一つ覚えみたいに、
覚えたてのことで夢を見る子供みたいに。

吉本が、真剣な顔で俺を見下ろしている。

そうだな。

俺は笑って、吉本の鼻先にキスをした。


「お前が喜んでくれるのが、一番嬉しい」

吉本が笑った。

「俺もじゃ、紺野」

なんだ。簡単なことだったな。

だから、俺も笑った。




END.






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