HAPPY CHILD



「おい、起きろ新田」

「そいつ、この部屋入った時からずーっと寝てんねん。
 どうにかしたれ」

どうにかって。

吉本も、新田の顔を横から上から眺めている。
コツコツと頭を叩いてみるが、当然のことながら起きない。
でもこいつ、昨日の帰り遅かったんだよな。

いつもなら夜中の2時とかには帰ってくるはずなのに、
朝方に帰って来てた。
だから、無理矢理起こすのも、可哀想に思えた。

矢ヶ崎さんは最早このテーブルにはいないし、
九条さんは何やら店員に指示を出している。

せっせと食い物が運び込まれて、
結局、新田を無視したまま、あっという間にパーティーは始まってしまった。



主に吉本が幅を利かせていたが、
俺も負けじと、ケーキやらシャンパンやら、
食ったこともないようなものを散々食って、腹がはちきれそうだ。

部屋の隅に待機させたままの、カラスとカエルにも幸せお裾分けをと
思ったが、矢ヶ崎さんに怒られたので、
部屋の外で、物陰に隠れて、ちょっとだけあげた。

腹いっぱいになると、一服したくなってきたくなってきたので、
そそくさと席を立つ。

食事の途中に聞いた話だと、この店は九条さんの知り合いのお店らしい。
喫煙可能らしいが、とてもじゃないがこの部屋では無理だ。

外まで出て、備え付けの休憩所に立ち寄る。

「はー……」

太陽が高い位置にある。
ベンチに座って、何となく隣を見やる。
晴れた日に、新田とよく散歩に行ったなあとか、
あいつ、意外と暑いの弱かったよなあとか、

「お隣いいすか」

「……なに、漸く起きたのか」

「うん……うわあああ〜あ〜」

「そうか……うわあああ〜あああ〜あ〜」

凄い欠伸だったので、思わず伝染ってしまった。
隣に新田が座って、二人でぼんやりと煙を吐き出す。

「カラスとカエル、名前決めねえとな」

「……お前の部屋で飼えるのか?」

「あれくらいならペットに入んねえだろ。
 ……カーコとゲロスケとか、そんなんかな」

「お前、パンツもそうだけどさ、マジセンスないよな」

「へえ」

ぽかぽかと暖かい。
春の昼の日差しは、常々睡眠を誘発するよね。

腹一杯だし、眠い。

「メシうまいな」

「うん、うまい。この店、九条さんチョイスなんだって。新田は知ってた?」

「それっぽいなとは思ってた。部屋のあちこちにバラの花置いてあんだろ」

「……それは、見てない」

「きれいだよ。見とけよ」

「うん……」

目を瞑ったまま、隣の新田の気配を探る。

「寝るなよ」

「お前今まで寝てたろ」

「沢山寝たから、もう眠くない」

「嘘吐け、欠伸してたくせに。それにお前いくらでも寝れるだろ」

「寝れるけど、今はもう寝れない」

「ふーん。なんで」

「お前が隣にいるからかな」

目を開けた。


ど真前に新田の顔があった。

それがいきなり近付いてきた。

「ちょ……」

慌てた。

今いるスペースに他の人はいないが、
区切られた部屋の向こう側や、ここから見える通路には人通りが沢山ある。

「もが」

「駄目だ駄目だ、ここでか、ふざけんなよ」

顔面を手で押し遣ると、
その手首を逆に掴まれて、左右に抉じ開けられる。

だが、ここで引いてしまっては、見られる。
その辺の人に、思いっきり見られる。
目が充血するくらい、必死で抗う。
見ると、新田も同じくらい必死だった。

「なんでお前が必死なんだよ! 諦めろよ!」

「嫌だ」

嫌だって、そんな、おい。

くそ、外でのシモネタ的な会話を、ちょっとは解禁してしまったのが
悪かったのか。
だから調子に乗ってしまったのか、この下半身生物は。

いい加減にしろ、と怒鳴ろうとした瞬間、掴まれた手首を
思いっきり引かれた。

下に。

視界が灰皿で半分に隠される。

そうやって下がった頭を、更に下に押された。

ベンチに座ったまま、前のめりにさせられた。

ちゅっ、と頬に柔らかいものが一瞬当たって、すぐに離れた。
俺の頭と手首を、押さえ付けていた力と一緒に。

既に立ち上がっている新田を、ぽかんと見上げる。

真昼の日差しを背中に受けた新田が、逆光の中で、楽しそうに身を丸めた。

「誕生日おめでとう」


それだけ告げて、ひとり先に戻って行った。


「………」

俺は、ベンチからずり落ちた体勢を、なんとなく持ち上げる。

そして自分の頬に触れる。


「……ほっぺにチュウだ」

…………。

こりゃ、家に帰ったら大変だな。

真っ白な太陽を眺めながら、胸が熱くなるのを感じていた。





END.






当サイトに記載されている全ての画像等の無断転載、及び複製を禁止いたします。
リンクフリー、ブラウザはIE6.0以上を推奨です。
Copyright (C) LOVE & DESTROY. All rights reserved.