CANDY


『……もっかい言ってもらえます?』


だるい。

耳から離しかけた携帯を持ち直す。
ついでに、萎えかけた気力も立て直す。

携帯の向こうの、コンの声が低くなった。
俺はこの声が、地味に嫌いだった。
これからは面倒なことが起こるとすぐにわかるから。


「だから。
 今日は遅くなる言うてんねん」

『今日なんの日だかわかって言ってんスか?』

「お前な、そこらの女みたいなこと言いなや…」

『女じゃなくても言いますよ!! 誕生日でしょ今日!?
 なんでこんな時に限って残業なんスか!?
 今まで散々残業嫌いや〜とか言ってて、思いっきり定時に上がってばっかりだったじゃないスか!!」


クソだるい。
切りそうになった。

「事情が変わったつうてるやろ」

『へえ! 事情!
 忘年会も新年会も送迎会も不参加だった人が、誕生日の時に限って事情!!』

「そんなんと比べなや」

『じゃあなんスか!?
 新人の人か他の誰かがミスったから、自分がフォローすることになったから残業とかスか!?
 会社から緊急連絡あった時にもシカトした人がですか!?』

「もう切るわ」

『は!? まだ話は終わってませんよ!!』
『矢ヶ崎さん!?』

エイフォンをポケットに捩じ込む。
もう一生鳴るな、クソ携帯が。

もともとすんなり了解を得られるとは思ってなかったが、こうまで食い下がられるとは予想外だ。
……とか思ってはみたものの、まあ実は予想はついていた。


2月14日。
俺の誕生日。


一緒に住んでる奴の誕生日だ、コンが覚えてないわけがない。

同棲(男相手にバカらしい呼称だが)相手の誕生日を忘れる奴とか、
どんだけ薄情だ。下手すりゃ冷血呼ばわりされるだろう。

……その薄情な奴が、俺だった。

俺は誰の誕生日を覚えてる?
天皇誕生日くらいしか知らない。
今まで付き合った奴の誕生日すら知らない。


「頭抱えてどうしました」

「……」

休憩室の隅から声がした。
紙コップの飲み物を持った同僚が、訝しげにこっちを見ていた。

「ハゲたとか?」

「アホか。ハゲてへんわ」

「心労耐えないでしょう。マネージャー」

「おーおーおー誰のせいやねん」

そいつが自分のせいではないと笑って、隣に並ぶ。
そ知らぬ顔で冷めたコーヒーを啜る。
ちょっとした失態。
誰もいないことを確認してから電話を取ったのだが、いつの間にか誰か来ていたらしい。

音漏れてないだろうな。
コンの声でかいから。

「悩み事なら聞きますけど」

「菰田からの書類の提出が遅れとること。
 菰田が面倒見とるサーバにエラーが出たこと」

俺の事ばっかりと笑った菰田が、煙草の煙を吐いた。

「あと、カノジョが何で今日に限って遅いねやて怒っとること」

「声でかい彼女ですね」

コンの声帯切除とか、ちょっと本気で考えた。

「あと、ハスキーっつか低い声でした。
 俺はハスキーなの好みですけども」

「そらよかった。ほな、お先」

「あれ、残業するって言ったんじゃないんですか?
 いいんですか、帰って」

どこからどこまで聞いてんねんコイツ。キモ。
思ったが、無視して休憩室を出た。




デスクに乗せている両足を遠慮なく伸ばす。
限界まで仰け反っている背凭れが、ギイと鳴いた。
全館禁煙なので、棒付き飴の棒を弄る。

禁煙中だし文句は無いが、吸えない時に吸えないのはイライラする。
いや、吸わないんだから問題ない。
全館禁煙で構わない。構わないが。

「珍しい、まだ居んのか矢ヶ崎」

「はんひょうはへん」

「飴取って喋りや…ええわ、ならそれやっといて」

「ひょうふひはんはい」

「わからんわ。つかお前今日誕生日やろ?
 バレンタインでもある。はよ帰らんとあかんちゃうん」

帰り支度の済んだ同僚が、逆さまに映っている。

しかし、菰田といいこいつといい、
なんでどいつもこいつも俺の誕生日を知ってるのかが謎だ。
バレンタインデーだからか。アホくさい。
知ってんなら、何か寄越せや。
ここに結構長いこと勤めているが、まだ誰からも何も貰った事がない。

俺からの返事がないと悟ると、同僚は荷物を持ち直して出口へ向かった。

「ほな自分は帰ります。
 お家で愛妻がチョコケーキ作って待っておりますんで」

聞いてへんねん。
顔を顰めて、浮き足立つ同僚の背中を見送った。
振り返ったそいつの、薄ら笑顔。

「妻はいいぞう」

聞いてへんねん。




終電で帰ろうと思った。
妻も家族も誕生日もクソ食らえだ。

コンは?

「知らん」

口の中の飴をかち割った。




時計を見た。
23時54分。

駅への道を歩きながら、コンの事を思い出す。
自分の誕生日の事も思い出す。

コンの事を考える。
コンが怒る理由を考える。
昨日のことを思い出す。
同僚のことを思い出す。
しょうもない事を考える。

誕生日の話題をコンは好んだ。
もっとずっと前からだ。

顔を付き合わせればとまでは言わないが、
それくらいの頻度で、俺は自分の誕生日が
2月14日だという事をしつこく言われていた。

俺が嫌がることをわかっていたからだ。
俺が知らないふりをすることをわかっていたからだ。
俺が、誕生日なんか祝われたくないということをよく知っているからだ。

23時57分。

地下鉄への入り口が見えてきた辺りで、俺は足を止めた。
六本鬼の駅前は、ネオンのおかげで夜でも昼だ。

「……」

地下鉄への入り口の前に、人が立っている。
人間は沢山いるが、その中の一人だけに目が留まった。



コンや。



Uターンした。

「矢ヶ崎さん!!」

見付かった。
ほんま無駄に視力ええねんクソコンがクソ。
忍び足に近かったものを、早足にする。
人にぶつかりながら身を隠すべく進む。

「矢ヶ崎さああああああんんん!!!!!」

追って来る。
早足からダッシュにする。
人が邪魔で走れない。
いや全力疾走しても絶対コンの方が早いからしょうもないが、
なんでここはこんな人多いねんマジで。移民しろ。ゲルマン民族のように。

走って来たと思しき人影が、どえらい勢いで俺の前に回り込んだ。
衝突しそうになって止まる。見えたその影は、見紛う事なきコンだった。
コンが、俺に何かを差し出した。

「……」

「お誕生日おめでとうございます」

コンが真っ赤な顔で、肩で息をしている。

ちらっと時計を見た。



23時59分。



「なんやこれ」

「好きでしょう」

目の前に出されていたものは、サラダだった。
そして、おもむろにプラ製のフォークを突き出された。

「おめでとうございます!!」

生チョコのケーキが出てきた。
しかも包装とか蓋を、持ってきたらしいゴミ袋の中に投げ捨てた勢いのまま、生身で出された。
片手を掴まれてケーキを持たされた。

「これ誕生日プレゼントです!!」

片手に、特徴的な包装の箱を押し付けられた。
唖然としていると、コンがそわそわし始めた。

「開けて下さい」

「どの手で開けんねん!!」

道のど真ん中にいる俺達を避ける人込みの、数人がこっちを振り返った。




0時10分。

食い物も誕プレも、元々入ってた袋に収めさせて、コンに持たせて歩いていた。
コンはさっきからむくれている。
さっきの、絶叫じみたおめでとう以来口もきかない。
俺だけ地下鉄の駅に入るのは簡単なのだが、いかんせんコンが動かない。

「終電終わんで」

返事はない。

「俺だけ帰んで」

返事はない。だるい。

誕生日如きで赤くなったり青くなったりの奴等が本当に面倒臭い。
俺がウザがるとわかってるから何も寄越さない職場の連中が。
人の事をがっつり見てて、誕生日くらい素直に帰れと忠告してくる奴が。
同棲してる相手がいるなら誕生日くらいさっさと帰れと暗に匂わせてくる奴が。
要らんと露骨に体言してやってるのに、無視して職場の駅まで駆けつけて来る奴が。

「帰ってそれ食おうや。チョコ苦手やねんけど」

コンが顔を上げた。

「家に他にも何やあんねやろ、見たるから行くで」

コンが一歩歩いた。

「5月には俺もオメデトーやったるよ」

コンがまた止まった。
だるい。明日も仕事だ。はよ帰りたい。

「それ何日スか?」

「6日やろ」

明日は会議だ。確か厄介な案件だった。
休みたい。行きたくないめんどくさい眠い。

コンが俺を見ている。無駄にキラキラと目を輝かせて。

……ああ、しまった。
クソ、めんどい。

「帰んで」

「矢ヶ崎さん!!」

コンが、背中に体当たりしてくるようにして抱き付いてきた。
ああもう、人に見られている。視線が痛い。
宥めるように頭を叩いてやる。正直、一刻も早く離れて貰いたい。

「はいはいはいはい」

「帰ったらそれ食いましょう」

「はいはい」

「帰ったらそれ開けて下さい」

「はーいって」

「帰ったらセックスしましょう」

「はいよって」

肩の辺りに埋めていた顔が上がった気配。

「……平日なのにいいんスか」

「あ?」

平日はやらないルール作ってたんだった、そういえば。

「まあ、今日は無礼講」

「矢ヶ崎さん!!」

どん、とコンがまた背中に突っ込んできた。
もう、人の視線とかどうでもよくなってきた。

―――何もかも、どうでもよくなった。

明日が平日でも。
ここが職場の近くでも。
辺りに人が沢山いても。
聞いてる奴がいても、見てる人がいても。


体を捻って、コンのデコにキスをした。


「青姦寒いし嫌やねんけど」

「い、いやいや、それはさすがに望んでいません」

上着の中の、ファスナーを降ろそうとした手を止められたが、逆にその手にもキスをしてやる。
おーおー通行人どもに見られてる。
おーおー見ればいい。夢に出るくらい見るがいい。

「えええええ、おかしい!! 矢ヶ崎さんちょっと大丈夫スか!?」

コンの腰を抱いて、颯爽と踵を返す。

「ほなホテルで」

真っ赤なコンを引っ張って、ホテル街へ向かった。

手にはたくさんの荷物があったし(余計な荷物増やしよってクソコンが)
相変わらず無遠慮に見られているが、どうでもよかった。

明日が平日でも。
ここが職場の近くでも。
辺りに人が沢山いても。
聞いてる奴がいても、見てる人がいても。

相手はコンだし。

俺の欲しいものを覚えてて、高価なのに買ってくるような奴だし。

自分だって激務が続いてる上に暫く休みも無いのに、わざわざここまで迎えにくる奴だし。

こんな性格の悪い俺を、健気に慕ってくるような奴だから。

「ものすごくおかしいスよ!?」

「おかしないで、別に」


相手がコンだから。

何を持っていようが、誰に見られていようが、
ここがどことか、どうでもいい。




END.






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