ON STAIRS


起き上がった。

普通の病院と違ってベッド周りのカーテンがねえから、他の誰もまだ起きてないのがわかった。
窓の外はまだ暗かった。



この部屋で一番早く起きるのは俺だった。
ここに来たばっかの時に比べりゃ、よく眠れるようになって、目が覚めんのも早くなった。
慣れのせいなのか、俺自身が変わったせいなのかは知らん。

生温い暖房が、部屋の中で回ってるのが見えるから、見た。
すぐに飽きた。ここは暑かった。俺は寒いのが好きだ。そして。

「暇じゃ」

うろうろしたくなった。



この場所では言動の全てが監視されてた。
30分に一回は看護師が見回りに来た。
看護師は病院のあちこちにいて、どこに隠れても絶対見付かって、部屋に戻された。
そんなに広い病院じゃねえから当たり前だが、
俺が本気で逃げても逃げ切れる気がしねえのが不思議だ。
かくれんぼに関してなら、熊沢の奴らよりここの看護師達の方が上手かった。

どっか、簡単に見付からねえ場所はなかったか。
勝手に外には出れんようになってるし、
―――それに、勝手に出る訳にはいかん。





「暇じゃ」

呟いたところで面白くならねえのは知ってた。

窓の外を睨んでみるが、隣のビルが邪魔で日の出は見えなかった。
だけど、空気の匂いが朝の感じになった。
もう朝だ。だから俺はうろうろしていい。
看護師には便所だって言やいい。
ベッドから飛び降りた。





「あれ、早いねえ、起きたの?」
「ぬっ」

いたのか。

廊下に置いてある机で、何か書いてたらしい、女の看護師がこっちを向いてた。

ここの看護師たちは偶に気配を消す事があって、
それはそこらの奴より余程上手かった。
あと、女でも男でも、喧嘩なぞ出来なそうな、カトンボみてえな
ひょろひょろばっかりなのに、生気に満ちてた。

「便所」
「そのついでにその辺で遊ぶ気でしょ」
「ぬっ」

何でわかる。こやつ出来る。
身構えたら笑われた。

「遊ぶのはいいけど、朝ごはんには戻って来てね。
 吉本さん、今日誕生日でしょ。皆からお祝いあるんだよ」

「お祝い?」
「そうだよ。誕生日のね」
「誕生日?」
「今日でしょ?」
「今日なのか」
「今日だよ」

また笑われた。

俺は今日が誕生日のようだった。
自分が生まれた日なんぞに興味は無かった。
だから覚えてなかった。だけど、今、覚えるのも悪くは無いと思った。

「今日は何月何日じゃ」
「10月11日だよ」

そうか。覚えた。頷いた。

「だから、朝ごはんまでには戻って来てね」
「ぐぬっ」

前に、飯食わんでうろうろしてたんを覚えているらしかった。
余計な事ばかり覚えている人間だった。こいつらは。





こないだ、紺野と約束した。
ここでちゃんと生活して、治療を受けて、早く外に出るって。
だから、看護師とか、弁護士とか、宮瀬とか、が言う事は、
嫌でどうしようもない事以外はちゃんと聞くと決めた。

宮瀬とか看護師とか、他の奴らも、
ちゃんと見てみれば、どうでもいい部分だけでなく面白い部分があった。
その面白い部分を嫌いだとは思わなかった。
どうでもいい部分はどうでもいいが、面白い部分があるから
少しは話を聞こうと思った。

だから頷いた。

「わかった」
「それならいいよ。行っといで。外には出たら駄目だからね」
「承知しておる」

最後にもっかい笑ってから机に向かい直した看護師の後ろを通り過ぎ、廊下を進んだ。



部屋以外に窓は無く、柔らかい床と壁がどこまでも続いてた。
等間隔で並ぶドアからは何の音も聞こえんかった。

何も考えずに歩いてたら、突き当たりに階段があった。
とりあえず立ち止まった。

「ふむ」

この上は保護室だった。
しゃがんで耳を澄ましてみた。
上に人が沢山いる音がした。
色んな声がいっぱい聞こえた。

けど、そいつらが呼んでるのは俺じゃねえし、
俺が出来る事は何もなかった。
奴等の叫びは誰も呼んでねえと知っていた。

呼ばれてねえなら、ここに居る意味は無かった。
立ち上がって引き返す事にした。

呼ぶ相手がいねえのは、幸福か不幸か。
きっとどっちでもねえなと思った。
この叫び声は幸福でも不幸でもねえから。

ポチは死ぬ時、鳴き声のひとつも上げんかった。
ポチは幸福だったか。不幸だったか。
大事なのは、ずっとそれだけだった。





時計が13時30分を示した瞬間に、今までいた部屋を飛び出した。

今日は、紺野が面会に来る日だった。

前の時も、前の前の時も、前の前の前の時も
俺も紺野も絶対に時間には遅れなかった。
それどころか、何分も前から来てるから、
俺ももっと早く行くようにしたら、紺野ももっと早く来た。

会えるのは決まった時間からだけど、それでも良かった。
ここに紺野が来た、早く来たっつう事が大事だった。

手続きをして、面会室に向かった。
走り出したいのを必死で堪えた。





ドアを開けたら、紺野が居て、俺を見て笑う。

「チーッス」

飛び付きたいけど、それやったら止められるから我慢する。
テーブルを挟んで、紺野の向かいの椅子に座る。

「差し入れならしてもいいって言われたから、
 色々買って来た。基本おやつだけど。ほれ」

ニコニコしてる紺野が、でかいコンビニ袋を差し出してくる。
うまみ棒が飛び出ている。勝手に顔が緩む。
おやつなら没収されねえ。
おやつなら、この前みたいに、紺野がくれたものを取られないで済む。
取られて、前みたいに頭の中が真っ黒になったりせんで済む。

「うへへ」
「へへ」

俺が笑ったら、紺野ももっと笑う。

「紺野、俺、今日誕生日じゃ」
「え」

紺野の顔が青くなる。なんでかはわからん。

「知らなかったのであるが、教えてもらった。
 初めて祝ってもらったのである。
 ガキん時にしてもらったかもしれんが覚えとらん」

紺野は青くなったまま固まっている。なんでかわからん。

なので、嬉しいと思った事を話してやる事にする。
俺が嬉しいと自分も嬉しいと紺野は言う。

「朝メシの後に、看護師がわららと出て来よった。
 俺に内緒で作ったらしい、なんぞ折り紙で作った美しげなやつ」

おや。
紺野が嬉しそうな顔をしていない。

「どうなすった」
「……知らなかった。お前の誕生日」
「俺もさっき言われて覚えた」
「……言われて」
「うむ。10月11日じゃて」
「……」

紺野が黙る。

「紺野、いかがなされた」

手を伸ばすと、途端に紺野が顔を上げて、俺に拳を突き出してくる。
じっと見てると、その手が開く。
掌に鍵が乗っかってる。

「誕生日プレゼント」

紺野の声は、ポチの声には似てない。

「俺の家の鍵」

紺野の顔が青かったのが、元に戻ってる。

「退院したら、うちに来い」

真面目な顔だ。
でも、笑ってる顔の方が好きだから、
頬を抓り上げて笑う形に作り変えてやる。

「いっ、いだいだいだいだいだい」

掌の鍵を受け取って、ポケットの奥深くに、大事にしまう。

「いだいいだいだいだいって」
「ありがとう」

悲鳴が止まって、ぽかんとされる。

「なんぞ。お礼は大事なんじゃろ」

そう、紺野がいつも言っている。
それが正しいとか悪いとかでなく、紺野と自分が大事だとか、
良いと思った事を俺はやる。



いきなり、普通の色だった顔を赤くした紺野が抱き付いてくる。
椅子ごと倒れそうになるが持ち堪える。

紺野の短い毛が顔に刺さる。チクチクする。
嗅ぐと、太陽の匂いがする。





紺野は最後に叫んで俺を呼ぶかを考える。
でも、紺野が俺を呼ぶかは問題でないという結論だった。
紺野が叫びのひとつも上げなくても。
紺野は幸福か。不幸か。
大事なのは、ずっとそれだけだ。

「誕生日ありがとう」

呟いたら、紺野が何度も頷きながら裏返った声で笑うから、
俺もギンギンに嬉しくなって、吠える。




END.






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