BONFIRE


「九条さん、お誕生日おめでとうございます。これ。皆からです」

「誕生日おめでとうございます!
 あの、これ良かったら使って下さい!
 あの、ほんと僕センスなくて」

『ハピバ☆ 今日お店に行けなくてごめんね。
 明日誕プレ持って行くからね!!』

その言葉を笑顔で受け取りながら辟易した数、今までに30回以上。





「あ」
「どうしましました?」
「―――ああ、何でもないよ。うん」

両手に収まりきらない程の花束に顔を埋めて、さりげなくその視線から逃れる。

どうも素に戻ってしまうなあ。

スポットライトを真似て、向きを絶妙に調節されたライトの明かりのど真ん中にいると、
周りがよく見え過ぎる。
主に、フロアに集まっている全従業員の顔等が。

その顔達を眺めていたら、色々な事が頭を過ぎる。
岩井さんはこんな事を考えてるんだろうなあとか、
花城さんは今日21時から予定入ってるとか言ってなかったけなあとか。

……紺野くんはどうしてるだろうなあ、とか。
最後に一番大切な事を考えたら、急に眼前の景色が色褪せた。

「じゃあ最後に、九条さんから一言お願いします」

一言ね。
何て言おうかな。
適当でいいな。

「今日は本当にどうもありがとう今日も忙しかったのに準備とかで皆大変だっただろう
 今日貰ったものと思い出を俺は一生忘れないだろう本当に素敵な誕生日になったよ
 俺は本当に幸せ者だこんな素敵な仲間と働く事が出来て」

しがらみ、常識、仕事、世間体。
面倒な事ばかりだと実感する。
その上、この世界は豆腐で出来ている。
少し本気を出したら皆簡単に壊れる、というか、壊れた。死んだ。
……そう、簡単に死ぬんだ。

この緩々の柔らかい世界と、人々の連なり。

「これから辛い事も沢山あるだろうけど君達となら乗り越えて行ける気がするいや
 気がするんじゃなくて乗り越えていける俺達なら皆くれぐれも体調には気を付けて
 無理しないで皆今日はゆっくり休んでくれると嬉しい本当に今日はどうもありがとう」

同じ豆腐でも、どうせならイタリアに生まれたかったな。
何故イタリアかって?
解放的な感じがするじゃないか。イメージだよ、単なる。
こんな閉塞的な島国より、まだもう少し面白そうだ。
豆腐だけどね、結局。

―――ああ、思考が滑るなあ。
どうでもいい事ばかり考えてしまう。
面倒だ。俺は早く帰りたいのに。



「じゃあ、明日も宜しくお願いします」

紺野くんは今頃どうしてるかな。

「――さん、くじょうさん、……九条さん?」
「え? ―――ああ、どうしたの?」
「何かボーッとしてるみたいですけど……」
「そうかな。何でもないよ。うん」
「大丈夫ですか? それさっきも聞きましたけど」

二度目は花の香りを嗅ぐフリをして誤魔化した。

フロアを見渡す。
明日も出勤の者が殆どだから、帰り支度を終えた者から捌けている。
宴は漸く終わりのようだ。
その事実に少しほっとして、俺もさりげなく店を後にした。

店の入り口から少し離れた場所で、時計の盤面を睨み付けたまま、
タクシーするか電車にするかで迷う。
それと、今から帰ると連絡をするべきかしないべきか。

「……」

紺野くん。
今日は俺の誕生日だと知ってる。
律儀なあの子の事、きっとお祝いの準備をしてくれている。

もし今部屋の飾り付けをしていたら?
急な着信に驚いて画鋲を足に落としたら?
その弾みに壁にぶつかって壁時計が頭に落ちてきたら?
その音を聞き付けた下の階の住民が紺野くん一人の部屋に押し寄せてきたら?

結局、タクシーに飛び乗った。

「獲美雄駅まで」

夕飯の支度はしておくから、何も買って来なくていい、と言われている。
今日くらいは手ぶらで帰って来て下さい、と。
だからこのまま真っ直ぐ帰っても構わない。

しかし金曜日で道路が混んでいる。車が遅々として進まない。
危うくポケットから取り出しかけた鋏から指を引き剥がしながら、
運転手に罪は無いと深呼吸して、バックミラー越しに運転手と視線を合わせた。
一瞬の沈黙。
運転手が固まる。
俺の笑顔を見て。


「急いでる」





自宅のエレベーターすらも来るのが遅くて、移動手段を階段にシフトした。
15階まで一気に駆け上り、インターホンを押したが誰も出てこなくて、口ががくんと開く。
さっき予想した事態が、この扉の向こうで起きているのかもしれない。
そう思ったら気が気じゃなくなる。
多少取り乱しながら鍵を穴に突っ込んで、部屋に押し入って、見回す。
カーテンの引かれている部屋には、明かりが無かった。





ずっと、殺した覚えの無い人を殺した感触が掌にある。
あれが夢なのか夢じゃないのか、最近よく分からなくなる。
そういう事をしたのは熊沢でだけだ。
それ以外でやった事なんて後にも先にもない。
人数だって覚えてる。
だからやっぱり夢なんだろうけど、その感触は余りに生々しくて、
笑い飛ばせなくなっていた。

紺野くん一人を置いて行く夢も見た。
俺は蜂の巣になって死んだ。
紺野くんを護りきれないで死んだ。

その夢を初めて見た時は起きてまず吐いた。

紺野くんが居なくなる夢も見た。
どこにも居なかった。
今のこの、真っ暗な部屋の中みたいな、空虚な世界。

―――暗い。
紺野くんが部屋にいるはずなのに。
普通、明かりくらい点けているはずなのに。
じゃあ、あれはやっぱり夢じゃなかったのかもしれない。

この暗闇の世界が、俺の現実なのかもし



パン!

突然大きな音がして、攻撃的な程の白い光が、俺の視界を潰す。
そしてすぐに、光に目が慣れる。



―――紺野くんが居た。
安っぽいスパンコールのついた三角帽子を被って、クラッカーを持って。

「おかえりなさい! びっくりしました?」
「……」
「あれっ。すいません、マジで驚かせましたかね」

紺野くんの声が弱くなった事に気付いて、慌てて手を横に振る。

「いや、ちょっと固まっちゃってただけ」
「……流石にダサすぎスかねこの恰好。百均で揃えてみたんスけど」
「あっ違う、そういう意味でもない!」

部屋のあちこちがカラフルに飾り付けられていた事にも気付く。
何気無く見回してみるけど、やっぱり安っぽい感じがした。
今しがた脱出してきた、従業員総出の誕生日パーティに比べたら月と鼈。
勿論こっちが、鼈。
世界で一番、いや、宇宙で一番美しい鼈。

照れたような紺野くんが、顔を引き攣らせて笑った。

「こういうの難しいっすね、やっぱ。マユは喜んでくれたんスけど。
 あーいや、まあまあ、とりあえず座って下さい。お茶飲みます?」
「待って待って、本当にそういうつもりじゃなくて」

苦笑を残してキッチンヘ向かおうとした紺野くんの肩を掴む。
爪が食い込みそうになって慌てて力を緩めて、
思わず追い詰めるようになっていた距離も緩めた。

「そういう意味じゃなかった。ごめん」

小さな謝罪と俺の顔を、じっと見詰めていた紺野くんが、
ヘヘヘと笑ってから視線を逸らした。

「俺こそすんません。
 九条さんはそういう風に思わないの知ってます。
 こういうのをこう、ダサいとか。絶対」
「……」
「誕生日おめっとうございます」
「……ありがとう」

紺野くんが笑った。きっと心からの笑顔で。

「えーっと、仕切り直しスかね。実はケーキ買ってきたんスよ」
「へえ、それは楽しみだな」
「なんとプレゼントもあるんスよ」
「プレゼントは紺野くんかな」

もう君は、俺のものだけどね。

だけどそんなベタな台詞に、紺野くんが「そうッス」と普通に頷いたので
辛抱堪らん気分になった。それはもう劇的に。

俺の気配が変わったのを察した紺野くんが、顔面を蒼くする。

「う、嘘です嘘です。別にちゃんと用意してあります少し調子乗りましたすんません」
「もう一回言ってくれるかな」
「すんませんでしたってば!」
「それじゃない、それのもうひとつ前のをもう一度だ」
「今日誕生日でしょ!? 清い気分で臨みましょうよ! そういうムラついた顔無しで!」
「誕生日でも俺はいつも通りなんだ」
「でしょうね! でも俺早くケーキ食いたいス!」
「じゃあ塗」
「さっさと今すぐに食いましょう! さっさとそっち座って下さい! さっさと!」






この世界が夢で、あの暗闇が現実なら。
何度もそれを考えた。
消えない不安。漠とした不安。君が居ない不安。
いつか真っ黒に塗り潰されるんじゃないか。この幸せが。
だって世界は豆腐なんだ。簡単に壊れる。そうだろ?

蝋燭に火をつけた紺野くんが、電気を消そうと立ち上がる。
途端に、僅かに残っていた不安を、幸せな気分が飲み込んだ。
もしこれが夢だとしても、ずっと見続ける夢なら現実だ。

俺だけの、現実だ。




END.






当サイトに記載されている全ての画像等の無断転載、及び複製を禁止いたします。
リンクフリー、ブラウザはIE6.0以上を推奨です。
Copyright (C) LOVE & DESTROY. All rights reserved.